海よりもまだ深く

海よりもまだ深く

【監督】

是枝裕和

【キャスト】

阿部寛 真木よう子 小林聡美 リリー・フランキー 他

【ストーリー】

主人公の良多(阿部寛)は、15年前にマイナーな賞を受賞したっきりの、ほとんど自称・小説家。ギャンブルがやめられず、汚い手段で小銭を稼いではギャンブルに。嫁(真木よう子)と子ども(吉澤太陽)は出て行き、養育費も満足に払えていない良多は、未練たっぷりにこっそりと嫁の動向を探っているが…

 

このお話の脚本は、「誰もが、なりたかった大人になれるわけではない」という言葉ではじまっているらしい。あらすじを読んで分かる通り、主人公の良多はその典型だ。
ギャンブルで金遣いが荒かった父のようになりたくないと願っていながら、結局同じ道を歩んでいる。そして、自分の息子・真吾にも「お父さんのようにはなりたくない」と思われてしまう。

 

そんな中でも良多は、真吾にスパイクを買ってやり、自身の空腹を我慢してちょっといいハンバーガーを真吾に食べさせたりと、その時出来る限りの愛情を真吾に注ぐ。しかし、養育費も満足に払ってやれない。

一方の妻・響子は、真吾を抱えて生きていくために努力中。
金銭的にも精神的にも頼りになりそうな男を選び、真吾を連れてデートに行くが、それはかえって真吾の精神的負担となっている。

 

人生は、どうしてこうなってしまうのだろう。良多も、響子も、それなりにがんばっていたはずだ。
どうしたらよかったのか、どの時点で。と考えてみても、もはや自分にだってわからない。いや、当事者だから、分からない。
このあたりのズブ沼感を、良多の行動や言葉で重ねていく是枝監督の塩梅は素晴しい。


■海よりもまだ深く、愛するということ

真吾は中盤、突如つぶやきます。
「おかあさんもおとうさんも、僕のこと好きなのかな」

これ、とってもとってもショックでした。
なぜなら、ダメでもダメなりに愛情を注ぐ良多、真吾の幸せを想って行動する響子をずっと見ていたから。心のなかで、「当たり前じゃん!!!」って叫びました。

でも、真吾の身になってみたらどうか。
親父は、お金をきちんと稼いでくれれば、家族みんなで楽しく暮らせるのに、それをしない。

母親は、ほかの男とデートをして、”子どもじゃないんだからもっと楽しそうにしなさい”と言う。

”親は僕よりも快楽が大事”
そう思ってしまうことって、とても悲しい。
私にも、同じような覚えがあるからこそ、胸にきました。

でも、少し目線を動かすと、親の都合も見えてくる。

 

私にも、僕にも、宿題しなきゃと分かってるけど、どうしても遊んでしまうこと、あるよね。大きく見える問題も、このくらい小さな"揺らぎ"の積み重ねなのかも。
そんなふうに見えてくると、「快楽」と「自分への愛情」は、別ベクトルの話なんだと、分かる気がする。


親子のこんな当たり前の営みに、スポットライトを当てて、一人の男のちっぽけな葛藤を丁寧に丁寧に描いていく是枝監督はこれだからすごいんだよ…。
阿部寛の快楽に負けていく姿。わかりやすく描いてくれてありがとう。

 

「あれ、うれしかったなあ」といつまでも思える想いでがあってはじめて、人は愛情というものを確認できる。
真吾の心にも、たくさんの思い出と、海よりも深い愛情がつまっているはず。

 

見終わったあとに「なりたかったおとな」って何だったっけ。ってふと自問自答して、そうして、隣のあの人に愛情をとどけたいな。なんて思わせる、とってもすてきな映画でした。

結構真面目に書いちゃったけれど、これまでの是枝作品のなかでもかなり笑い所の多いたのしい作品でもあります!(初日の映画館はあたたかい笑い声がそこら中であがっていました)

老若男女、みんなに見てほしい映画ってこういうものだなあ。